小(おむら)地区



高見川」の「夢淵(ゆめぶち)」

高見川」に「日裏川」が合流し、直ぐまた東から「四郷川」が「蟻通し渓谷」から「高見川」へ合流している所が「夢淵」です。この付近一帯は、東吉野でも特に風光明媚(ふうこうめいび)な地で、古来より多くの歌に詠まれていますが、ここを「夢淵」と名付られた由来は、神武天皇が東征の時に、天神の夢の訓(おしえ)があり、「丹生(にう)川上の紺碧(こんぺき)の深い淵(ふち)に厳瓮(いつべ)を沈めて、天神地祇(てんじんちぎ)を敬祭せよ」と云われて、その様にしたら、神武天皇は、大和平定を完遂して、畝傍山の麓「橿原宮」で即位しました。そこで、大和平定を感謝し、誠を捧げてこの地名が生まれました。


旧官幣大社、丹生川上神社摂社「丹生神社」


赤い吊り橋の「夢橋」から「高見川」沿いに又南へ行くと直ぐ、「高見川」に「四郷川」が合流し、バス道路との三叉路に出て、右へ曲がり西へ行くと「丹生(にゅう)川上神社中社」ですが、左へ曲がって橋を渡った所に「丹生川上神社中社」の摂社「丹生神社」が鎮座し、バス道路を夾んで向かい側には「神武天皇聖跡丹生川上顕彰碑」が建っています。なお、「丹生川上神社」は三社あり、川上村の「上社」、東吉野村の「中社」、下市町の「下社」で、また「丹生神社」と言われる神社も奈良県だけでも奈良市、榛原町、菟田野町、西吉野村にあり和歌山県にも和歌山市、粉河町、美里町、川辺町、龍神村等に鎮座しています

丹生川上神社中社の「ツルマンリョウ」1粒




「丹生神社」から又バス道路を西へ戻ると、朱色の欄干の橋を渡って直ぐ観光案内所があり、公衆トイレの横に「ツルマンリョウ自生地」の説明板があって、「丹生川上神社中社」の本殿裏山は、小牟漏岳(おむろだけ、標高686m)で、その南及び西斜面の暖地性常緑樹林の林床内約千平方米は、天然記念物「ツルマンリョウ自生地」です。なお「ツルマンリョウ」はヤブコウジ科に属し、匐枝(ふくし)が地下を浅く、又は地上をはって分岐し、そこから地上茎が頂生して毎年7月中旬黄白色の花が咲き、翌年秋球状形の赤い果実が紅熟します。この辺りは、「ツルマンリョウ」の自生地として稀有で、その北限に当たっています。
水神崇社「丹生(にう)川上神社中社」


「東吉野村観光案内所」から更に「高見川」沿いに西へ行くと直ぐ、日本最古の水神で水神総本社「丹生川上神社中社」が鎮座しています。創建は古くて判りませんが、神武天皇の頃に神籬(ひもろぎ)式の神として祀られ、最初は武運守護の神でしたが、675年(天武天皇白鳳4年)初めて社殿が建てられて、それ以後は、天下に良き雨を降らせ、また大雨を止める水神として祀られ、ご祭神は、罔象女神(みずはノめノかみ)で、雨師の明神・水神崇社として上下の人々の尊崇殊の外篤く、白鳳〜奈良時代にかけて歴代天皇の行幸50数回、祈雨止雨の奉幣祈願90数回に及び、現在は、電力、水道関係から篤く信仰されています。


丹生川上神社(けんか祭り)


西暦645年天武天皇創建。
神社は、水に関する一切をつかさぞるみずはのめかみ神武天皇が戦勝祈願した地と言う伝承や、天武朝以降、たびたび行われた吉野行幸の離宮跡地説もあり歴史の重みを感じさせている。
小川祭(けんか祭り)では荒々しい太鼓の乱舞が見物となっ
ています。奈良県3大祭りの一つです


「丹生川上神社」境内の「叶(かなえ)の大杉」

「丹生川上神社中社」本殿は、三間に二間の流造、檜皮葺で、柱、壁、扉に極彩色の豪華な模様があり、蟇股(かえるまた)等の彫刻も見事で、1820年代(文政年間)に建てられ本殿内に丹生本殿下遷宮と上遷宮の事を記した慶安三年(1650年)の棟札があります。なお、境内に建っている国重文「石灯籠」一基には、弘長四年(1264年)の刻銘があって、宋国人の名工、伊行吉の作と云われています。また、境内の一画に「叶の大杉(千年杉)」が注連縄をされて植わっていますが、この大杉の幹に両手を当てて、心願、口唱されたら御神威が授かるそうです。なお、境内には、まだ他にも同様の大杉が植わっています。


丹生川上神社」境内の「丹生の真名井」



 水神崇社「丹生川上神社中社」の拝殿に向かって、右へ行った高台の下に「丹生の真名井(まない)」があります。この井戸の水は、水神様・罔象女神(みずはノめノかみ)の神
霊がまします御神水で、今もこんこんと湧き出す生命(いのち)の水に、参拝者の方が身体の清浄と健康、倖せを祈って汲んで行かれます。
なお、祭神、罔象女神の神像は、十二単衣(じゅうにひとえ)風の衣裳を着けた木造彩色の坐像で平安時代の初期に造られ、本殿に祀られていますが、当社は元々は「蟻通(ありとうし)神社」「雨師(あめし)明神」と呼ばれ、水神、農耕の守護神として崇敬されて、小川郷7ケ村の産土神(うぶすながみ)でした。


天照寺(てんしょうじ、TEL 07464-2-0388)


「四郷川」から「蟻通し渓谷」沿いに西方へ三尾まで戻り、更に「丹生川上神社中社」の前を過ぎて、東吉野村大字小(おむら)の集落の高台に曹洞宗南泉山(なんせんざん)「天照寺」があります。鎌倉期の1280年代(弘安年間)この地方を治めていた小川氏の菩提寺として創建され小川氏治世の頃から万民豊楽を祈願し毎年彼岸に法要が行われていたが、1580年代(天正年間)火災により本堂が焼失し、その後、小川郷内各寺院の持ち回りで行われるようになり、その懴法(せんぼう)法要は今日まで続いています。その間、1644年(正保元年)万安英種和尚により再興され真言宗から曹洞宗